ここがロドスだ、ここで跳べ!

自分は元々、現代アートというジャンルの文化に興味関心があり、そういう世界で創意工夫を考えて、ライターや研究者やコレクターなど、そういう専門的な業界にどのようにアピールして活動するか?という、ある程度経験値がいる世界で、その世界で活動してる人口があまり広い世界ではありません。
一般の企業で考えるところ、新規事業開拓や、ベンチャーのようなところがあり、既存の企業にない発明のような意匠や活動方法や視野を切り開かないといけません。創造的な世界にも、既得権益を相続して活動する方法もあります。それこそ、以前に、開拓された分野を再生産したり、伝統的な技術をお師匠さんから相続する分野もありますが、そういうことは現代アートには少ないです。

あるとき、映画監督のジョン・ウォーターズの自伝的な本「悪趣味映画作法」や、映画「I love ペッカー」に触れたとき、ものの考え方に非常に感心した覚えがあります。
ジョン・ウォーターズという人は、悪趣味映画の王様といわれたような方で、アンディ・ウォーホルのファクトリーなどに学生時代に出入りしていて、日本に来日すれば川久保玲のコムデギャルソンに真っ先に向かうような、基本的にお洒落で都市の文化をよく知っている方なのですが、基本的に、アメリカのボルチモアという地方の町で活動していて、世界中の都市からファンが、ボルチモアに訪ねて、地元でコンタクト出来る書店にファンレターを渡したり、ロケ地をめぐったりするようです。ボルチモア、多分、日本でいうと、群馬の高崎とか、栃木の宇都宮とか、そんな感じの地方都市だと思って想像しています。

映画「I love ペッカー」のあらすじは、半自伝的なもので、地方の地元の町でみかける一寸面白げでタブーとされる風景、風俗産業や、性的趣向、病的な症状や、特殊な信仰をもつ町の人を記録して発表したら、作品が大都会の人に大ヒット、ヒットは嬉しいけれど、都市部の彼の作品紹介のニュースから、地元地方で顰蹙を買ってしまう。そこで主人公が悩み、結果的にそのような作品を作り続けつつも、田舎の都市に住み、地元の方にケアしつつも、都市部からファンを呼ぶアーティストとして成長してゆく話。この映画で感じるのは都市の人の影響力と傲慢さ、地方の人のセンスとナイーブさ、それぞれのケアで、都市の人が田舎の人を搾取して暮らすのが、どのくらい良いことかな?と思うことでした。

国立市を見渡して、関頑亭という芸術家がいます。多摩信用金庫たましんの美術館、地域の施設や、神社などで、作品を見かけます。山口瞳の本には、ドスト氏と登場し、地域の武士家系に1919年生まれ現在も活動されていて、現在94歳。現在、地域、芸術、長寿ということろで、くにたちの人にも好かれています。


関頑亭氏インタビュー 第2回 http://youtu.be/-_X68xHUlwc
関頑亭氏インタビュー 第3回 http://youtu.be/idrN1pCNbAQ

そういう方達の暮らしと創作を考えると、必ずしも創作や仕事を、専門的な人や都会地域を相手に考えて、住まいの土地は、家賃を支払い、ものを買う、地域の消費者としてだけ暮らすだけというわけでもなく、地域の活動に参加するとか、選挙に行くとか、民主的な活動に参加してゆくというのも、暮らしよい世界を少しでも作るのではないか?と思うように感じてきています。

「ここがロドスだ、ここで跳べ!」(Hic Rhodus, hic salta!)
というのは、イソップ寓話の「ほら吹き男」の話をもとにした成句。あるほら吹きの競技選手が遠征先のロドス島から帰り、「ロドスでは大跳躍をした、みながロドスに行ったらロドスの人が証言してくれるだろう」と吹聴するが、これを聞いた男が「それが本当なら証人はいらない、ここがロドスだと思って跳んでみろ」と言い返したというエピソードです。どこでも、実力や成果が出せないようであれば、限られた場面でしか出せない実力は真の実力ではないと採られる諺です。

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